モンゴル帝国

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このようにモンゴル人は、チンギスハーンと彼が築いた大モンゴル帝国に深い誇りを持っているようです。大抵のホテルやレストランに、帝国の最大版図が掲げられていることからもうかがえます。確かに日本人の私でさえ、モンゴル帝国に対しては憧憬の念があるほどですから、モンゴル人の自負心はいかほどかと推察します。他に、モンゴル帝国最盛期の第三代皇帝オゴデイやヨーロッパを征服したバトゥー将軍、元を建国したフビライなどの肖像も見られました。

今回の学会を開催したアマル教授とガイドのダワーンさんは、異口同音にモンゴルは2度世界制覇したと主張します。一回目はもちろんチンギスハーンの時代ですが、もう一回は5世紀のフン族の時代です。西ローマ帝国を滅ぼしたのはアッティラですが、フン族はコーカサスかパンノニアあたりからイタリアやフランスに攻め込んだように記憶しています。

いずれにしても、ヨーロッパロシアの何処かから来たと思われるフン族の正体が、モンゴル人だとは驚きでした。ダワーさんによると、アッティラの父がアジアからヨーロッパにかけての大帝国を打ち立てたのだそうです。名前は忘れてしまいましたが、この人物の死後に帝国が4人の子に分割され、その一つを引き継いだのがアッティラだといいます。フン族とは中国史に出てくる匈奴のことかと尋ねてみると、ダワーさんは違うと首を振ります。鮮卑は?柔然は?突厥は?と知っている騎馬民族名を列挙してみましたが、どれも誤りだそうです。

そこで帰国後、真っ先にフン族についての情報を集めてみましたが、確たる情報がありません。アッティラの一代前の王は父ではなく、伯父のルーアだということが判明しただけに過ぎません。また、ダワーさんはルーア時代の歴史を詳細に説明してくれましたが、どうやらそれはモンゴル国内でのみ唱えられている仮説の段階にあるらしく、国際的には広まっていないようです。

しかしモンゴル人やトルコ人が、ユーラシア大陸中央部を征した覇者であることに違いはありません。トルコ人は文字を有していたものの、モンゴル系の民族は長らく文字を持たなかったため、歴史が資料化されていないのです。従ってその実態はわかりませんが、5世紀から14世紀までの1000年間に、日本からスペインにかけてのユーラシア大陸全域で戦ったモンゴル人こそが、史上最強の民族であったことに異論をはさむ余地はないでしょう。

モンゴルで出版されている簡単な歴史書。各国語訳が空港の書店に並んでいました。

匈奴はイベリア半島や北アフリカにもで遠征していたのでした!

この地図を見ると秦の始皇帝よりも冒頓単于の方が偉大な王のように思えます。

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